桐生織物の歴史
上毛かるたでは、「桐生は日本の機どころ」と歌われ、『西の西陣、東の桐生』と言われているように、
高級品織物を中心に地場の産業として栄えていました。1300年の歴史と伝統を持つ桐生織物は、
平成20年には「桐生織」が地域団体商標に登録されました。
桐生織物の歴史は、今から1300年もの昔にさかのぼります。
その後も、時代の変化に対応し技術の進化を進め、名声を全国に轟かせました。
高級品織物を中心に地場の産業として栄えていました。1300年の歴史と伝統を持つ桐生織物は、
平成20年には「桐生織」が地域団体商標に登録されました。
桐生織物の歴史は、今から1300年もの昔にさかのぼります。
714年 |
続日本記によると、はじめて「あしぎぬ」を織り朝廷に差し出したとされています。 |
905年 |
制度で上野国の税はあしぎぬと定めました。 |
1333年 |
新田義貞の鎌倉攻めにおいて、仁田山紬を旗印に用いました。 |
1384年~ |
仁田山絹として他国にも流通し始めた。 |
1600年 |
徳川家康が小山にいた軍を急に関ヶ原へ返すとき、急使を送って旗絹を求めたとき、たった1日で2千4百10疋を天神の境内に集めて納め、このことで、織物生産地としての桐生の 名声を高めました。 |
1738年 |
機業を仕事とする者が多くなり、京都、大阪、江戸や他の国々との取引も盛んになり、はじめて絹市場が開かれた。織工を雇い入れて、流行を先取りする新しい織物を作り、桐生は、大いに賑わいをみせていた。 |
その後も、時代の変化に対応し技術の進化を進め、名声を全国に轟かせました。